天岩戸神話とは?あらすじと、岩戸開きの神々をまつる神社

天岩戸(あまのいわと)神話とは、須佐之男命の乱暴に心を痛めた天照大御神が天の岩屋に籠り、世界が闇に包まれたのち、八百万の神々の知恵と祭りによって再び光が戻った、という『古事記』の物語です。作戦を立てた思金神、岩戸の前で舞った天宇受売命、戸を開いた天手力男神。この一話に登場する立役者たちは、それぞれ戸隠神社、秩父神社、天河大辨財天社や車折神社の芸能神社といった各地のお社にまつられています。物語をひとつ知るだけで、四つの神社が一本の糸でつながって見えてきます。

あらすじ。世界から光が消えた日

海原を治めず追放された須佐之男命は、姉の天照大御神に暇乞いをしようと高天原へ上りますが、そこで田を壊し、神殿を汚すなどの乱暴を重ねます。ついに機屋に皮を剥いだ馬を投げ込む事件が起き、機織女が命を落とすに至って、天照大御神は天の岩屋の戸を閉ざして籠ってしまいました。

太陽の神が隠れたことで、高天原も葦原中国も常闇となり、あらゆる禍が起こったと『古事記』は記します。困り果てた八百万の神々は、天の安河原に集まって対策を話し合いました。

ここからが、日本神話でも屈指の名場面です。力ずくで戸をこじ開けるのではなく、神々は知恵を出し合い、岩戸の前で盛大な祭りを催すという道を選びます。

なお、須佐之男命の行った乱暴は、田の畔を壊し、溝を埋め、神聖な場を汚すといった、農耕の共同体をおびやかす行為の数々でした。これらは「天つ罪」と呼ばれる罪の型として、のちの大祓詞にも数え上げられていきます。岩戸籠りの前段は、共同体にとって何が罪とされてきたかを伝える場面でもあるのです。

知恵と祭りが戸を開く

作戦を立てたのは、高御産巣日神の御子で知恵の神・思金神(おもいかねのかみ)でした。常世の長鳴鳥を鳴かせ、八咫鏡と八尺瓊勾玉を作らせ、榊に掛けて岩戸の前に捧げる。祭りの舞台が整えられます。

そして天宇受売命(あめのうずめのみこと)が桶を伏せて踏み鳴らし、神懸かりして舞いました。八百万の神々がどっと笑うと、岩屋の中の天照大御神は不思議に思い、「自分が籠って世界は闇のはずなのに、なぜ皆が笑っているのか」と戸を細く開けます。「あなた様より貴い神がいらしたのです」と鏡が差し出され、映る自分の姿に見入ったその瞬間です。戸の脇に隠れていた天手力男神(あめのたぢからおのかみ)が御手を取って引き出し、世界に光が戻りました。

二度と籠ることのないよう岩戸には注連縄が張られ、この場面が注連縄の起源と伝えられています。知恵と芸能と力。それぞれの持ち場で働いた神々が、このあと各地の神社の御祭神として仰がれていきます。

この祭りには、ほかにも大切な役者がいます。祝詞を高らかに奏したのは天児屋命(あめのこやねのみこと)、鏡を捧げ持ったのは布刀玉命(ふとだまのみこと)。天児屋命はのちに中臣氏の、布刀玉命は忌部氏の祖と仰がれ、朝廷の祭祀を担った家々の源流の神とされてきました。岩戸の前に整えられた祭りの座は、神社の祭りの原型そのものだったといえます。

戸隠神社。投げ飛ばされた岩戸の山

長野市の戸隠神社は、天手力男神(天手力雄命)をまつる代表的なお社です。このお社には、開かれた天岩戸が力余って投げ飛ばされ、飛来して戸隠山になった、という壮大な伝承が残ります。山の名そのものが「戸を隠す」なのです。

戸隠神社は奥社・中社・宝光社・九頭龍社・火之御子社の五社からなります。奥社に天手力雄命、中社に思金神にあたる天八意思兼命、火之御子社に天鈿女命(天宇受売命)と、岩戸開きの立役者たちが山内に揃ってまつられています。天岩戸神話を体感するなら、まずここという聖地です。

中社や宝光社の周辺には、宿坊の面影を残す門前の町並みが続きます。戸隠は修験の山として栄えた歴史を持ち、神と仏がともに拝まれた時代の記憶が随所に残る土地です。参拝とあわせて歩くと、山の信仰の厚みを肌で感じられます。

奥社へは、樹齢四百年を超える杉並木の参道を片道40分ほど歩きます。岩戸となった山を仰ぎながらの道行きは、神話の中を歩くような時間です。なお、山内は積雪期には歩ける範囲が限られますので、雪解け後から晩秋までの季節が巡りやすい時期です。五社すべてを歩いて巡るなら、半日から一日を見ておいてください。

秩父神社。作戦を立てた知恵の神

埼玉県の秩父神社は、岩戸開きの作戦を立てた思金神、すなわち八意思兼命を主祭神とする、二千年余りの歴史を持つと伝わる古社です。「八意(やごころ)」とは、多くの思慮を兼ね備えるという意味と解されています。

力ではなく知恵で世界に光を取り戻した神ですから、学業成就や仕事の知略を願う参拝者が多く、徳川家康が寄進したと伝わる極彩色の社殿には、「北辰の梟」など知恵にちなむ彫刻が残ります。北辰の梟は、体を社殿に向けながら顔だけを真北に向けた姿と案内され、北極星への信仰である妙見信仰と習合した、この社の歴史を今に伝える意匠です。

行き詰まった問題を抱えているとき、この神話は「正面から押すだけが解決ではない」と教えてくれます。思金神の前で手を合わせるのは、そのことを思い出す時間でもあります。

天河と車折。岩戸の前で舞った芸能の神

岩戸の前で舞った天宇受売命は、芸能の祖神と仰がれてきました。京都・車折神社の境内に鎮まる芸能神社は天宇受売命をまつり、芸能・芸術に携わる人々の名を記した朱塗りの玉垣が数千枚も奉納されています。

奈良県天川村の天河大辨財天社は、芸能の神として名高い弁財天のお社です。この社に伝わる独特の神器「五十鈴」は、天宇受売命が岩戸の前で舞った際に用いた神代の鈴と同様のものと伝えられています。拝殿の大きな五十鈴を鳴らして祈る参拝は、岩戸開きの場面に連なる作法といえます。能楽との縁も深く、今も神前で能が奉納されます。

闇を破ったのが武力ではなく、舞と笑いだったこと。芸能の神社がこの神話に根を持つことは、人前で何かを表現するすべての人への、静かな励ましのように思えます。

神楽と鶏と鏡。祭りの原型としての岩戸開き

天宇受売命の舞は、神楽(かぐら)の起源と伝えられてきました。今も各地に伝わる神楽には岩戸開きを演目とするものが多く、宮崎県高千穂の夜神楽はその代表として知られます。囃子と舞で神を招き、共同体に力を呼び戻す。岩戸の前の祭りは、日本の芸能の原点として語り継がれてきたのです。

常世の長鳴鳥、すなわち鶏を集めて鳴かせたことも見逃せません。鶏は夜明けを告げる鳥であり、太陽の帰りを先触れする役を担いました。一説には、神社の鳥居の起源をこの鶏の止まり木に求める説も語られます。定説ではありませんが、鳥居をくぐるたびにこの場面を思い出すよすがにはなるでしょう。

鏡もまた、この神話以来、神社と深い縁を結びました。天照大御神を映した八咫鏡は、のちの天孫降臨に際して「この鏡を私の御魂として拝きまつれ」と授けられたと『古事記』は記します。多くの神社が御神体として鏡を安置することの神話上の根拠が、ここにあります。

こうして見ると、岩戸開きのひとつの場面には、神楽・祝詞・鏡・注連縄と、いま神社で目にするものの由来譚がぎっしりと詰まっています。天岩戸神話は、神社という文化の設計図のような物語なのです。

高千穂の天岩戸神社と天安河原

岩戸ゆかりの地として最も名高いのが、宮崎県高千穂町の天岩戸神社です。岩戸川の渓谷を挟んで西本宮と東本宮が向かい合い、西本宮では、対岸の断崖にある岩窟を天岩戸と伝えて御神体と仰ぎます。社殿の裏の遥拝所から御神体を拝む参拝は神職の案内によると案内されており、川向こうの岩戸を静かに拝む時間は、この神話の聖地ならではのものです。

西本宮から岩戸川沿いを歩いた先にあるのが、八百万の神々が対策を話し合ったと伝わる天安河原です。大きな岩窟の前後に、訪れた人々が積んだ無数の石が広がる光景は圧巻で、神々の会議の場と伝えられてきた空間は、静かで、どこか懐かしい空気に満ちています。

本記事で紹介した戸隠・秩父・天河・車折の四社に高千穂まで視野を広げると、この神話が列島の広い範囲に足跡を残してきたことが分かります。ひとつの物語を胸に、長い年月をかけて各地を訪ねる。天岩戸神話は、そんな息の長い旅の軸になってくれる物語です。

高千穂へは公共交通の便が限られるため、車の旅が現実的です。高千穂峡の渓谷美や、集落ごとに受け継がれる夜神楽の里とあわせて一泊で巡ると、神話の土地の空気をゆっくり味わえます。

よくある質問

Q. 天岩戸神話の舞台はどこですか。A. 神話の舞台は高天原であり、地上の特定の場所ではありませんが、ゆかりの地としては宮崎県高千穂町の天岩戸神社が名高く、天の安河原と伝わる河原も残ります。本記事で紹介した四社は、岩戸開きの立役者の神々をまつるお社です。

Q. 四社は一度に巡れますか。A. 長野・埼玉・奈良・京都と離れているため、一度の旅では巡れません。神話の登場神ごとに、別々の旅として訪ねるのがおすすめです。一つの物語を何年もかけて巡る、息の長い楽しみ方に向いています。

Q. 天照大御神はなぜ岩屋に籠ったのですか。A. 『古事記』は、須佐之男命の乱暴が重なり、機織女が命を落とす事件に至ったためと記します。太陽神が心を閉ざせば世界が闇になる。共同体にとって最も大切なものが損なわれたとき何が起こるかを描いた場面、と読み継がれてきました。

Q. 天岩戸神話は日食の記憶だという説を聞きました。A. 太陽神が隠れて世界が闇になる筋立てから、日食の体験を反映した神話とする説が語られることがあります。冬至の太陽の衰えと再生に結びつける読み方もありますが、いずれも確かめられているわけではありません。一説として楽しみつつ、物語そのものの豊かさを味わうのがよいと思います。

本記事は神社の由緒・一般的な参拝作法・古典に基づいて構成していますが、 ご利益や効果を保証するものではありません。悩みが深いときは、 信頼できる人や専門機関に相談することも大切にしてください。