人間関係に疲れたら「よみがえりの参拝」へ|熊野と出羽三山を歩く
職場でも家庭でも気を張り続けて、人と会うこと自体がしんどい。そんなときに必要なのは、新しい人間関係の技術ではなく、一度立ち止まって自分を回復させる時間かもしれません。日本には古くから「よみがえりの地」と呼ばれてきた聖地があります。熊野、そして出羽三山。いずれも、たどり着くまでの道のりを歩くこと自体に意味があるとされてきた場所です。
熊野は「よみがえりの地」と呼ばれてきた
紀伊半島の南部に鎮まる熊野三山は、平安の昔から「蘇りの地」として貴族から庶民まで、あらゆる人々を受け入れてきました。上皇の熊野御幸から「蟻の熊野詣」と呼ばれた民衆の参詣まで、身分や立場を問わず迎え入れる懐の深さが、熊野信仰の大きな特徴だと伝えられています。
熊野三山とは、熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社の三社の総称です。三社を結ぶ参詣道が熊野古道で、道そのものが世界遺産に登録されていることは、よく知られている通りです。参詣者は三社を巡りながら、死と再生の物語を歩いて辿ったと伝えられています。
熊野本宮大社の社殿は、もとは熊野川の中州にありましたが、明治の大水害ののち現在の地に遷りました。旧社地の大斎原には日本有数の高さを誇る大鳥居が立ち、川と山に抱かれた広々とした静けさが、今も祈りの中心であり続けています。
人間関係の疲れは、多くの場合「評価される場」に居続けた疲れです。何者であるかを問われない場所に身を置くことが、回復の第一歩になります。
歩くこと自体が禊になる
熊野詣の核心は、社殿での参拝だけでなく、そこへ至る熊野古道を歩くことにあるといわれてきました。長い道のりを一歩ずつ進むうちに、頭の中を占めていたあの人の顔や言葉が、少しずつ足音と呼吸に置き換わっていく。この過程そのものが禊であり、祓いだと考えられてきたのです。
本格的な縦走でなくても構いません。たとえば発心門王子から熊野本宮大社までの約7キロは、熊野古道の中でも歩きやすい区間として知られています。また熊野那智大社の近くには落差133メートルの那智御瀧があり、滝そのものを御神体としてお祀りする飛瀧神社では、水音に打たれるように佇むだけでも心がほどけていきます。
服装と装備は軽い山歩きに準じます。歩き慣れた靴と雨具、飲み水は必ず用意してください。石畳は雨に濡れると滑りやすくなるため、雨の翌日はことに慎重に。無理のない区間を選ぶことも、立派な旅の設計のうちです。
歩くときは、予定を詰め込まないことが肝心です。写真を撮る回数を減らし、誰かに報告するための旅ではなく、自分が回復するための旅だと割り切る。石畳の感触、鳥の声、杉の匂い。感覚が戻ってくる順番を、ゆっくり待ってあげてください。
出羽三山「生まれかわりの旅」
山形県の出羽三山(羽黒山・月山・湯殿山)には、三つの山を巡ることで「生まれかわる」という信仰が今も息づいています。羽黒山は現在の幸せを祈る山、月山は死後の安楽と過去を見つめる山、湯殿山は新しい生命をいただく未来の山。三山を順に参ることは、擬死再生の旅、すなわち一度死んで生まれ直す巡礼だと伝えられてきました。
羽黒山の随神門から続く2446段の石段は、樹齢数百年の杉並木の中を延々と上っていきます。息が上がり、足が重くなり、考え事をする余裕がなくなったころ、ふいに山頂の社殿が現れる。この「考えられなくなる」時間こそが、思考の堂々巡りに疲れた心には何よりの薬になります。
三山すべてを巡るのが難しければ、まずは羽黒山だけでも構いません。山頂の三神合祭殿には月山・湯殿山の神様も合わせてお祀りされており、羽黒山への参拝で三山をお参りしたことになる、と案内されています。
なお、湯殿山の御神体については古くから「語るなかれ、聞くなかれ」と伝えられ、参拝した者もその内容を語らない習わしです。何もかもが共有される時代に、語らずに胸に納める体験がひとつあることは、それだけで得がたい休息になります。
帰ってきてからの小さな作法
よみがえりの参拝から戻っても、職場や家庭の人間関係そのものが変わるわけではありません。変わるのは、それを受け止める自分の側です。旅の効果を長持ちさせるために、帰ってきてからも「歩く時間」を日常に残してみてください。一駅分歩く、昼休みに神社の境内を通る。それだけでも、あの道の続きを歩いている感覚が保てます。
また、疲れの原因になっている相手と無理に和解しようとしなくても大丈夫です。距離を取ることは逃げではなく、熊野へ旅立った昔の人々と同じ、まっとうな養生です。整った自分で戻れば、同じ相手との関係も少しずつ違って見えてくるものです。
それでもつらさが続くときは、神社と併せて、信頼できる人や専門の相談窓口に頼ることもためらわないでください。参拝は回復の助けにはなっても、すべてを引き受けてくれるものではありません。頼り先を複数持つことも、大人の養生のうちです。


